

1930〜50年代の精工舎(現セイコー)、シチズンなどの国産時計メーカーは、全国の時計屋さんへ修
理用として部品を供給していました。
当時は、メーカーで修理することが無く近所の時計屋さんがムーブメントのオーバーホール、修理だけで
なく外観のケース、文字板まで交換してくれました。
その様な時代でしたから、汎用品(いろいろな時計に使用される部品)を製造する部品メーカーも多く存在
しましたので、気がつくと腕時計の製造数は世界でもトップになっていました。
しかし、機能面、精度ではスイス、アメリカの時計メーカーの足元にも及ばないレベルでデザインなども
コピーした商品が多かったです。
日本の腕時計は1964年の東京オリンピックあたりから世界のトップを目指した開発が進められました
が、精度ばかり意識しすぎて高級イメージ(ブランドイメージ)を失う道に・・・ここからは以前、クォーツ
ショックで説明していますので略させていただきます。
画像はその時、部品の保護と保管用に使用されていた紙箱です。
箱の中はケース用も文字板用も同じつくりで、1ダース(12個)入りが1セットになっています。

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コレクション難易度(未使用)★★☆☆☆ 将来性(投資) ★★★☆☆